この記事、どう生かせるだろう……? | 日々是考察コラム

和やかな食事、給食から見る日本料理。「学ぶ」ことが多いのが学校でした。

2015年01月24日

【今日の視点】
和食の知識の奥深さを知る → 給食で全員に均等に分けるのも勉強のうちだと気づく → 全体を考えたり、表からは見えない部分を気にかけたりすることも大切だと理解する

 

出された食事は残さず食べるものという習慣が身についていると、何人かで分ける場合も、残らないように盛りつけることに大変気を使います。決められた人数に同じ量ずつ分けるには一人分はいくらになるでしょう…なんだか算数の問題のようですね。ということは、やはり学校の給食も「学び」のうちだったのだろうと気づかされます。
 
2015年1月24日付けの 日経新聞のプラス1では、読者モニターから集めた「給食の思い出」について紹介されていました。「おかずの配分がうまくいかずしかられた」「牛乳ビンを落として割ってしまった」といった切ない思い出をお持ちの方もいるようです。
 
私の場合は、ご飯係や丸カン係など一人分の量が決められていないもの、つまり綺麗に配り切れるか大量に残すかという係の力量で、用意してくれた方たちを喜ばせるか悲しませるかが決まるような当番になることがよくありました。パッとご飯や丸カンの蓋を開け、約40人分に均等にかつ残さず分けるには一人分がどのくらいになるべきか…考えながら盛りつけていると、余計に空腹がつのりますね。私の時代の給食はまだ素材本来の味が生かされた給食メニューが大半であり、メロンパンやジャムパンなど多くの子たちが喜びそうな、しかし栄養があるとは言えなさそうな品目は少なかったため、しっかり一人分を食べれば必要な栄養は摂れるはずと子どもながらに考えていた給食の時間でした。
 
素材の味を生かすなど「『自然を尊ぶ』という日本人の気質に基づいた『食』に関する『習わし』」が世界的に認められましたが、食に関する習わしを習得し、日本以外でも自信を持って説明できるようにしておくためには、当然練習の機会が必要になりますね。
 
「全体のことを考える」とか「均等な分け方を考える」とか、「裏方にいる人たちのことも考える」など、やはり学校は勉強のための場所ですね。

 


ブログ 日々是考察コラム