「実話」からの「これから」を考察する | 日々考察コラム

2016.03.28

 
 
これまで先人たちが体系化したものや発見したもの、発明したものなどがあるからこそ、私たちの世代が「学べる」ことは数多くあります。
 
また、今後新たに生まれる知識や考え、事実なども、今までの積み重ねがあってのものでしょう。
 
「教育」に対する適切な費用とはどのくらいなのかも考えられそうな、国によって違うデータが発表されたようです。
 
2016年3月27日発行の日経ヴェリタスでは、「GDPに占める教育機関への支出の比率」として、1位のニュージーランドから、OECD平均を下回る13位の日本から15位のイタリアまでのそれぞれの数値が、グラフで表されています。
 
知り、考えるための教育とみなせば、同様に経営に対して必要となるのも知り、判断することと言えるでしょう。
 
そのためにどれだけの費用や時間をかけるのかは人それぞれ、会社それぞれ、しかし、かけた量と質に沿って得られる「結果」は変わるはずと考えられます。
 
過去の事例を知る「だけ」では、何かが変わる期待は薄いでしょう。また、知り、それを「繰り返す」だけでも、自分にとって望ましいものと断定することは難しいでしょう。
 
これまで成功したその人ではなく「自分」が成しうるものは、先人の成したものを「受け継ぎ」ながらも、「これから」のためには何が最適なのかを「考え」、「行動する」ことが必要そうです。